よく遊び、よく遊べ

NPO法人空飛ぶ自転車は、安全で豊かな放課後を子どもたちに保障するために設立されました。

抑圧からの解放『生きる日の楽しさよ』を保育理念としています。

私達は、『多くの「無駄」が子どもを育てる』を保育目標としております。

子どもの遊びは勉強よりも重要であるという保育方針の下、子どもとの遊びを通して、信頼関係を築き、共感の輪を広げ、子どもの個性の伸長と創造性の発揮に努めております。

子どもは遊びで育ち、失敗から学ぶのです。

A.S.ニイルー霜田静志の自由教育を正統に引き継ぐ『子どもの心を癒す居場所』です。

子どもの時代は遊びの時代

「子どもにとって大切なことは、勉強するよりも前に、友達と遊ぶことが十分にできるようになっていなければ、結局、社会人になっていけないということです」

佐々木正美『子どもへのまなざし』福音館書店2020年7月15日発行p.214

自分の眼で見て匂いを嗅いで舐めて触って確かめろ

児童文学の研究者で作家の松岡享子は云う。
「外で友達といろんなことをして遊んでいる子ほど、本を読んだ時に、よく反応する。つまり、書かれていることを、我が身のごとく感じ取る力が強いのです。存分に遊ばせてほしい」
日本経済新聞2022年5月12日付

保育理念『生きる日の楽しさよ』

イギリスの教育者A.S.ニイル(Alexander Sutherland Neill 1883-1973)は云う。
「子どもに自由を与え、一切の不自然な抑圧から解放し、豊かな感情生活を育てていくとき、子どもははじめて生まれながらの自然性を発達させることができる。そのようにして育てられた人間こそ、はじめて愛し愛される平和で幸福な世界を実現しうる人物になるであろう」
霜田静志『ニイルの思想と教育』金子書房昭和35年6月15日発行p.271

自由教育の原理


1.叱ることはとても簡単です。

 待つことはとても難しい。
 佐々木正美『子育てのきほん』(ポプラ社)
2.「厳しくすれば、いい子に育つ」とはとても思えません。
 佐々木正美『この子はこの子のままでいいと思える本』(主婦の友社)
3.子どもに正しいことをたくさん言えば、正しいことができる子になるかというと、そんなことはありません。
 佐々木正美『育てにくい子と感じたときに読む本』(主婦の友社)
4.いまの子どもたちは、ほうっておいてはもう遊べませんよ。遊べなくなってしまったんです。
 前掲書3
5.子どもたちは「遊びの中でしか」道徳性や倫理観を学ぶことができない、と言っても過言ではありません。
 前掲書3
6.私の言う過保護とは、物質的、金銭的に満たすことではなく(子どもは本来そんなものは望んでいません)親の体と心と時間をできる限り子どものために割くということです。
私の言う過保護は、「待っててあげるよ」というメッセージを子どもに伝えることなのです。
 前掲書3
7.過干渉は違います。子どもが望むことではなく、親が子どもに望むことをしすぎることです。子どもが望んでもいないことをさせすぎてしまうと、子どもは自分らしさを発揮することができにくくなります。
過干渉が自主性の芽を摘んでしまったのです。
 前掲書3
8.過剰干渉のなかで育てると、幼いときは、干渉する人の前では、よい子にならざるをえないのです、きらわれたり、怒られたり、たたかれたりしますからね。
しかし、その分、どこかではめをはずさざるをえない。
親の目がとどかないところで、はめをはずすのですが、これはこわいことです。
 佐々木正美『子どもへのまなざし』(福音館書店)
9.現代っ子のなかには、他人にコントロールされすぎて、思春期に爆発するという子どもが目立ちますね。
しつけをするときにたいせつなことは、くり返しきちんと教えて、それらが実行できる時期はゆっくり見守ってあげながら、できるだけ子どもまかせにしてあげるということなのです。
 前掲書8
10.「言葉が多過ぎます」マザーテレサ
みなさんもできるだけ口でやる教育はさけて、心とかしぐさとか物腰、行動で教育をしてくだされば、それはすばらしいことなのです。
 前掲書8
11.子どもにとってたいせつなことは、勉強の前に、友達と遊ぶことが十分にできるようになっていなければ、結局、社会人になっていけないと云うことです。
 前掲書8
12.子どもは無駄なことを一つもしません。
 その子にとって必要な表現をし続けるのです。
塩川寿平『どろんこ保育』(フレーベル館)
13.保育園や幼稚園は、いつでも、子どもたちによってさまざまな保育文化が生まれ続けるところでなければなりません。
ところが、汚いからダメ、危ないからダメ、みっともないからダメ・・・という大人がいるので困ったものです。
 前掲書12
14.子どもには、興味のあることは十分やらすべきである。
飽きるまでやらすべきである。
『ニイル著作集第2巻問題の親』(黎明書房)
15.子どもを自由にふるまわせてそばに立って黙って見ているのは、生やさしいことでないのを私は知っている。
それは多くの忍耐と無限の信頼とを必要とする。
『ニイル著作集第5巻知識よりも感情』(黎明書房)
16.実際問題としては、もちろんそこには何か、権威に似たものがある。
それは保護、予防、大人の責任などと呼ばるべきものであるかもしれない。
それはときには相手に服従を要求し、ときには自分自身服従することである。
『ニイル著作集第7巻自由の子ども』(黎明書房)
17.世の親たちよ教師たちよ、常に禁止と命令によってのみ子どもらを教育していこうとする。
それはなんという愚かしさであろう。
『ニイル著作集第1巻問題の子ども』(黎明書房)
18.子どもをしかることで、プラスになることはない。
前掲書2
19.子どもというのは、自分の望みがまずかなえられなければ、本質的には周囲のいうことは聞けないのです。(中略)
最初から親の希望をよく聞いて、あれこれしてくれたら、いい子だという発想の育児はまちがいなのです。
前掲書8
20.意外なことに、刑務所への出入りを繰り返す累犯受刑者には「いい子」だった者が多い。
自分の感情を素直に出さず、幼少期から無理を重ね、親の期待する役割を演じることに耐えられなくなった時、積もり積もった否定的感情が「犯罪」という形で爆発するのだ。
健全な子育ては、「いい子」を強いるのではなく「ありのままの姿」を認めることから始まる。
岡本茂樹『いい子に育てると犯罪者になります』(新潮新書)
21.「安全とは危険を遠ざけることでは決してない」川和保育園施設長
自分のやることを自分で決めて、楽しみながらのびのびとやってみる。
危険なことは親や保育者に守られ注意されて、安心してやってみる。
こういうことが子どもたちには必要なことなのです。
前掲書8
22.子どもを嘘つきにする最も良い方法は、常に嘘をつくな、間違っても嘘を言うなと教えることである。
『ニイル著作集第3巻恐るべき学校』(黎明書房)
23.子どもの取り扱いにおいて大事なことは、言ってはならぬことを知ることである。
前掲書16
24.相手が間違っているとき、その間違いを責める。
それは一点のやましさもない正しい態度だとしても、人間はただ「正しさ」のみによっては救われない。
それは正義のみあって、愛なき態度であるからである。
霜田静志『叱らぬ教育の実践』(黎明書房)
25.子どもに対しては、上手に叱ることを研究するよりも、むしろ楽しい心持ちで子どもがやりだすには、どういう心持ちで子どもに対すればよいかと、母が努力する方が、どんなにだいじなことだと思っております。
前掲書24
26.私たちが「当たり前」と思っている「しつけ」が子どもたちの心を苦しめる場合があることを知っておかないといけません。
「しつけは必ず抑圧を伴う」ことを知っておかなければなりません。
しつけは子どもの自然な欲求を抑える側面があるからです。
自然な欲求を抑えると、どうしても子どもの心は歪みます。
前掲書20
27.厳しく管理された環境は、人から自主性を奪っていきます。
前掲書20
28.霊長類学者である山極寿一は、「時間を、パソコンや携帯電話などに使うより、もっと人と顔を合わせ、話し、食べ、遊び、謳うことに使うべきではないだろうか・・・」と述べています。
長田安司『「便利」な保育園が奪う本当はもっと大切なもの』(幻冬舎ルネッサンス)
29.お子さんの子育てについて、特に「三つ子の魂の大切さ」を理解され、保育園を選んでください。
できれば1000日、満3歳になるまでは、ご自分の手で育てた方が良いのではないかと、長年保育を経験した者は思っています。
子育て以上に大切な仕事がこの世にあるでしょうか。
前掲書28
30.朝日新聞2003年7月31日付
『多くの「無駄」子ども育てる』
     保育士 小島知子
私は長年、児童館や障害児療育の仕事をしていますが、子どもというのは「無駄なこと」をたくさんして育っていくものなのだと痛感しています。
大人がすべきことは、干渉や保護を最低限に抑えて、ひたすら忍耐強く待つことです。
熟成期間を無視されて、過剰なメニューをこなすことに精一杯の子どもの鬱屈が、様々なひずみを起こしているように思えてなりません。

コンテンツ

・親と子のための居場所づくり

・放課後児童クラブ
・夏休み親子キャンプ
・親子スキー旅行
・コンサート鑑賞、観劇
・日本語教室
・バザー

子どもの最善の利益

NPO法人空飛ぶ自転車は横浜市南区の放課後児童クラブです。子どもの幸せは好奇心と自由な感情表現の充足にあります。子どもの為に体と心と時間を割く大人が今ここにいます。

保育真理

1.保育の質

すべての保育園において子どもの人権が守られているわけではない

子どもが苦痛に思えば虐待である

子どもは牛ではない

角を矯めて牛を殺すような保育が公然と行われている

子どもは麦ではない

「踏むな 育てよ 水そそげ」八幡学園(千葉県市川市)の標語

子どもは大人の操り人形ではない

子どもの国に対する大人の国の侵略行為である

子どもの最善の利益よりも大人の利益、保護者と保育園の安全・安心が優先される

保育園は子どもを抑圧する所ではない

保育園は大人の価値観を子どもに刷り込む所ではない

集団保育・管理保育は子どもの権利・自由を不当に奪う抑圧保育である

子どもに集団適応を強制する保育、一斉保育は子どもにとって我慢の保育である

子どもは無理をしている

怖い保育士、叱る保育、しつけ過多で子どもは息抜きができない

子どもの心が歪み健全育成を阻害する

行事のために日常の保育を犠牲にしている

保育園の役割は子どもの生命の維持と情緒の安定を図ることである

そのための養護は受容・母性・ラポールが必須である

教育(エデュケーション)の真意は、子どもの能力や才能を引き出すこと(エデュカーレ)であって、決して教え込むことではない

保育士になってはいけない保育士がいる


2.保育士の資質

人格がモロに出る感情労働

保育士は本当に保育原理を履修したのか甚だ疑問である

子どもは大人を小さくした者ではない

大人が望む子どもに育てるのではなく、子どもが望む保育者になるという視点が全く無い

言葉で反論できない子どもに対して大人の論理を押し通す

子どもに正しいことをたくさん言えば正しいことができる子どもになるとは限らない

人は正しさのみによっては救われない

子どもは泣くことでしか自己主張ができない

保育士は子どもの気持ち・心の成長に寄り添っていない

保育士は子どもの心の基地となっていない「ママがいい」

保育士は子どもの心の安全・安心・メンタルヘルスへの配慮が無い

保育士は子どもの心の揺れ戻しを理解していない

3歳までの人格形成の大事な時期

子どもにはできるだけ優しく接する

受容・母性・ラポール・自尊感情の肯定

保育士はただ単に子どものお世話をするだけの養育者になってはいけない

徳や人格を以て子どもを受容し、善く導く教育者としての資質が求められる

支配・従属の関係は子どもの尊厳を侵している

子どもと仲良しにならないと良い保育は望めない

保育士の力による平和を調和とは言えない

人が人の上に力を振るう限り戦争は無くならない

言葉掛けは保育士の生命線である

美しい日本語を話す

絵に描けない言い方は子どもにとって抽象的過ぎる「危ない」「注意しなさい」

子どもの自主性を尊重して必要以上の言葉掛けをしない

保育士は子育て支援の基本である6秒ルールを知らない

子どもの情報処理には時間がかかる

いっときに一つの指示を出す

言い方を変えない

機関銃のように言葉を連発しない

子どもを遠くから大声で呼ばない

子どもの肩を指先で軽く叩いてアイコンタクトで話す

禁止・命令・否定・不適切な発言が多過ぎる

「急いで」「早くして」「泣くのは違う」「うるさい」「先生はもう知らない」「休み時間以外にはしゃいではいけない」「遊び方が変」

子どもに説教は無駄である

人は理屈で納得するが感情で動く

子どもを叱っても子どもは善くはならない

叱って子どもが善くなるのなら少年院は存在しない

過去と子どもは変えられない

子どもの特性理解と環境調整が必要不可欠である

ベテランの保育士が必ずしも良い保育士とは限らない 我見・慢心・惰性の塊

保育士は子どもに対して「大好きだよ」「味方だよ」「宝物だよ」というメッセージを発信していない

勉強していない

保育士必読の書

霜田静志『叱らぬ教育の実践』(黎明書房)

佐々木正美『子どもへのまなざし』(福音館書店)

内山登紀夫『発達障害支援の基本』(日本評論社)


3.保育園に合わせて子どもを育てるのではない

子どもの特性に合わせて支援のあり方や保育環境の調整をするのである

普通・平均・集団適応を子どもに強要してはいけない

子どもから幸せホルモン(オキシトシン)が出ていない保育園はダメだ

軟禁された子どもの収容所

モタモタしていると急かされる

ハメを外すと叱られる

我を通すと凹まされる

子どもは、環境からのさまざまな抑圧や葛藤、欲求不満、恐れなどを、心の底に溜めている

子どもは、自由に遊ぶことで、それらを吐き出し、解消している

子どもの遊びには次の5つの作用がある

①正常な運動発達を助ける

②感覚・知覚器官の感受性を向上させる

③知的能力の発達を促す

④社会性の発達を促す

⑤心を癒す

子どもは安心できる親から引き離され、不安や心細さを抱えて登園している

子どもの味方になってくれる大人はいない

母性に欠ける保育は、幼少期の子どもが必要とする配慮の圧倒的な欠如である

保育園は子どもに圧力を加える所ではなく、子どもに脱力を促す所である

子どもが立ち止まって自ら判断・思考する時間が無い

子どもにもコーピング(気晴らし)は必要である

「ひなたぼっこ」の大切さ

休符があるから音楽は美しい

最短距離を最短時間で行くのが教育ではない

ゆっくり行く者が遠くまで行く

子育てを他人任せにして失敗した場合でも誰も責任を取らない

いい子に育てると犯罪者になります

大多数派の標準仕様の規格に適合した「いい子」を産み出す愚かな営みが、人類の現在と未来を危うくしている

A.S.ニイルは100年以上も前に警鐘を鳴らしている

A.S.ニイル(イギリスの教育者。1883-1973)

「愛は愛を育て、憎しみは憎しみを育てる」

「自由こそ人間を本当の人間にするただ一つの道ではなかろうか」

「子どもに自由を与え、一切の不自然な抑圧から解放し、豊かな感情生活を育てていくとき、子どもははじめて生まれながらの自然性を発達させることができる。そのようにして育てられた人間こそ、はじめて愛し愛される平和で幸福な世界を実現しうる人物になるであろう」

「まずは子どもを幸せにしよう。すべてはそのあとに続く」



(C)1982&2002 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
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